異文化に触れるたび”人を育てる”奥深さを知る

 

コーチングは難しい。

 

アメリカの選手たちを見ていて感心するのは、”超個人主義的に集中している“ところだ。

 

「何のために集中して練習しているか」

→自分が上手くなりたいから

 

めちゃめちゃ当たり前のことなんだけど、これを誰に言われるでもなく、誰から強いられるでもなく、ごく当たり前にそれを培っている。

 

ティーバッティングを全員でやる。コーチは「1・2・3!」の掛け声をかけるだけ。良かったら褒めるだけで、小さな年代の子たちが練習している姿が素晴らしい。

ひとりひとり自分のチェックポイントを持っていて、こうしてああして…と首をかしげながら確認して、コーチの掛け声に反応しながらバッティングを繰り返す。

「個人主義」という表現は、日本ではしばしばマイナス要素としてとらわれがちだが、その練習の雰囲気はまさしく「ひとりひとりが自分の世界の中で集中している」と感じる。

 

これは”個の力を伸ばす”には絶対必要な練習環境で、それを“室内(狭い空間)”が後押ししている。

周囲の情報が広くなればなるほど、外に向けられる意識が高くなりがちなので、室内という空間は自分にフォーカスするのにもってこいだ。

 

ということで、アカデミーでは絶対に室内練習場を提供する。めちゃ立派な、門をくぐるだけでワクワクする練習施設を作りたい。

 

もちろん彼らがこれほどまでに「個人主義」的に練習にフォーカスする理由は他にもいろいろあるのだが、それはまた別の話として、練習の環境やコーチングの仕方には見習うべきところがたくさんある。

 

 

なんか、簡単に言うと、”なんにも教えないんだよなー。

でも教えてるんだよなー。

 

これは技術面だけでなく、例えば前述したように「練習の態度」についても。

 

 

例えば私がバッティング練習のコーチをして打ち終わりにボール集めをするとき、「はい拾ってー!」とか声かけながらやってしまうんだけど、彼らは黙ってる。黙ってるけど、みんなさっさとボール拾いをする。

 

ドミニカでは、少々荒いプレーが起こってもコーチは咎ることをしない。それは「選手は分かっているよ」というような、お互いの信頼を大切にしているからだ。

 

異文化に触れると、コーチングって奥が深いな〜って思わされる。

人を育てるって難しいな〜って再確認する。

 

 

日本に帰っても、定期的に海外へコーチングやなんやらを学びに通い続けよう。

それが何よりの研修になる。

 

 

 

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