楽しむために生きるpart2

 

楽しむために生きるpart2

▼前回記事➡️楽しむために生きている

 


■嘘をついていては人にモノを教えることはできない
C7037945-4DB0-490E-AA54-CA9F5F3D7FC2※那須の砂利採取場跡地が神々しい雰囲気だったので、内容に関係なく今日はそちらの写真を挟みます。

 

大学の時に、同じく教員を目指していた友人が僕に「自分が教員に向いていると思えない。自信がない」という話をしたことがあった。

彼はどちらかと言うと真面目じゃないし(頭も良くないし)ノーテンキで天然で、確かに”教師”らしくはない人だった。だけど、僕はその人と一緒にいて野球をしたり遊んだりする中でとても多くのことを学んでいた。

どちらかというと生真面目な(だった(?))私は、自分の弱みの見せ方も知らなくて、野球の大会のとかで大事な試合になるとひとり緊張して結果が出せない選手だった。試合に入る前にひとりで精神統一とかするから、余計に閉じこもって縮こまる。

反面パッと見ノーテンキな彼は、自分が緊張していると周りに「緊張するー助けてー」と話しかける。それを見て周りがそれをイジる。関係ないところまでイジられてワハワハ笑ってウォーミングアップもそこそこに。試合になると空気が明るくなってるから伸び伸びプレーする。

「すげーな」と思った。

彼のゆるい感じとかがすごく刺激になったし、学びになった。

『大事な場面に対する気持ちの持っていき方講座』では、彼が私の先生(見本)だった

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自分が信じているものなんてのは、だいたい誰かにそれまでに習ったかどうかくらいの違いで、時々その逆で上手くいくのを見たりすると『何が正解で何が間違いか』なんてのは分からないなって思う。

優しく手ほどきした方が良い子もいれば、スパルタ指導で大成功を収めたスポーツ選手が過去にゴマンといることも事実なので、本当は、自分が信じるものをガンガン人に教えたらいいと思う。

ただそこに倫理が入ってきて、秩序が入ってきて、道徳が入ってくると、「自分がどうこう」いうよりは、「世間一般の目線」で教える方がよい雰囲気になる。

そうすると教える側にだいたい嘘が生じてきて、中学校時代に髪にワックスつけていって「先生に怒られても俺はこれがやりたいんじゃー」ってやってたヤツ(僕)が、生徒の髪型をチェックして「これ校則違反だから残ってね」って言う。

夏休みの宿題とか「家に忘れました」で少しでも期限日を先延ばししようとするヤツ(僕)が、「そういうことできないで野球やる資格あると思うか?って言う。

言う…、いや、隣の先生の顔を気にすると、とりあえずその場ではそう言わなければいけない。

人は環境によって嘘を”つかされ”る』とはある偉大な経営者が言っていたが、「先生」という立場が、自分が出来もしなかったことを、つい言わせてしまう。

瞬間に言われた方は分かるもので、「だったらお前やってみろよ」は、やって出来そうな人には絶対に言わないわけで、出来なそうなくせに立場として言ってやがると思うから、反抗する。つまり、子どもは大人の嘘を見抜く。

人と人と、絶対に大事なのは服従ではなく”信頼関係”なので、「嘘をついている」と、相手には伝わらない。

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彼は中学校の先生になった。

野球を教えているかは分からないが、彼が指導者の立場で「おらー!横そろえてウォーミングアップせー!」って言ってたらそのチームは上手くいってない、と予想できる。

彼だから教えられるもの。

自分だから教えられるものが必ず人にはあって、あとはそれを人に伝えるときに嘘・偽りなく喋れるかーが向いているor向いてないの差だと思う。

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■好きなことなら100%を伝えられる

「人に嘘をつく」以上に厄介でいけないのは『自分に嘘をつく』ことだなって、社会人になってすごく思った。

人への嘘は百歩譲って、バレなきゃ嘘にならないし、必要悪も世の中にはある。ただ、自分への嘘は絶対にバレる。自分にバレる。

自分がやりたくないことをやっている時は、そこで大なり小なり自分に嘘をつくことが多くなる。「その居場所自体が自分にとっては嘘」だから。

もちろん、自分を合理的に考えて「これをやることに意味がある!」と思えれば話は別だけど、それは置いておいて、自分に嘘をつかないためには、生き方をめっっちゃ真剣に考えなければいけないと思う。(基本的に人は、嫌なことの方が多いと思うから)

「教育」は好きだし、「野球」が好きだし、「子ども」も特にアメリカ生活を経て大好きになったし、そういうことに携わる仕事をしていきたいと思っている。

大学生のときはその仕事が「教員」しか思いつかなかったけど、今なら「自分でやっちゃえ!」っていう世界を知った。

根底にあるのは、『好きなことなら人に100%伝えられる!』ということ。

人と関われて、楽しめるならスポーツじゃなくても(植物じゃなくても)なんでもいいけど、 自分が生きてきて今1番好きなことがそれ。それでなら、出会った人にたくさんの想いを伝えられる。だからこの道を選ぶ。

「服装指導してね」と言われたら自分がそこに信念がないから、嘘をついて指導することになるーだからやらない。

「上司に酒注がないと出世できないよ」と言われたら絶対に酒注ぎしたくないし、出世はしたいので、辞めます!

そんな感じで模索していたらこんな感じ。

自分たちよりももっと多岐を知る若者たちには、『自分の好きなことに飛び込む方法』を伝えたい。

あー成功したい。。

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好きなことやって生きていくために今を生きてるーって話をしようと思ったらこんな哲学みたいな文になってしまった。

(なってねーか!!!)

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楽しむために生きるpart2” への1件のフィードバック

  1. やりたくないことをやるってことに意味はないよなぁ
    大事なことでもやる意味を理解して必要だと思うから行動するわけでして
    そのタイミングは人それぞれで、高校のときに動くやつもいれば、社会人で動くやつもいる

    楽しいと思えた瞬間が輝かせるチャンス!!
    その楽しいを少しでも増やしてあげれたら本望だな

    いいね

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